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29日から個室に移り、母のそばにずっとついていた

看護士が行う一つひとつの行為が
母を苦しめ、確実に状態が悪くなって行くのを
私は見続けなければならなかった

初めは医療行為などに、疑問を投げかけ
適切な医療をと訴え、お願いをし
・・・何度も叫びながら訴えたが


12月31日、担当医が休みに入っていたので
この日、当直だった内科の医師に
病室まで来てもらえるようお願いをした

大晦日の当直医・・・
こちらも切羽詰っていた
母の命がかかっていた

手短に話せるようメモしたものを読み上げ、何度か練習をした
それまでの医療行為への疑問や
クーリングが適切に行われていないことなど
適切な医療、最善の医療をお願いしたいと訴えた

当直医はクーリングに対して
誤解があったのではと話していたと思う
母の様子を診にくると伝えてくれた


母は医師とのやり取りを聞いていて
「言っても無駄」
「ここはほんとうに酷かった」
「もう体は、メチャクャ」と・・・
「お母さん、何で言ってくれなかったの?」
「何度も個室に移ろうって言っても、お母さんいいって・・・」
「ごめんね。 お母さんが悪かったの」と、母は両手で顔をおおって泣いた

入院して7日・・・
手は浮腫み足も、もう自由に動かなくなっていた

母は助けてと言えなかったんだと
以前、認知症など高齢者は、助けを求めることが出来ないと聞いたことがあった
私自身、”助けを求められるか”自問すれば
その能力は、限りなく0に近い

入院し救急医療を受け、担当医から呼ばれ、少し中に入ることが出来た
(母は点滴の針が、もうなかなか入らなくなっていたが)
ほんの短い時間... 6ヶ所ぐらいにすでに点滴の針の後があった
両手の甲が、酷く内出血して腫れ上がっていたことを思い出した
この時、母は何を感じていたのか
私自身がこの時、しっかり気がつく事が出来ていれば・・・

救急医療を担当医から受け
病室に戻った母に、安心して笑いかけたら
「何、笑っているの?」と
それまで見た事がない、とても怖い顔で怒っていた
この後すぐ、母は怒ったように父と私に「早く、帰りなさい」と言った
家に帰り「お母さんって、ほんと変わっているよね」と私は父に話した

次の日、お見舞いに行った時も
母の顔は、とてもこわばっていた
「看護婦さんが来るから、早く帰りなさい」と

それまで母は、歯を磨かなくなり拒否をして
私も無理維持出来なかった
歯にカスの厚みが盛り上がるほどだったが
歯がきれいになっていたので、きちんと対応してくれたのだと
家族がいて甘えてしまうより、いいのかもしれない
安心し父とすぐに帰った

次の日も次の日も母の顔はこわばっていた
あるとき、布団を直していると
「看護婦さんが来るから・・・」と
父と「大丈夫だよ」と話すと
やはり早く帰るよう、私と父に言った

母が早く帰るよう言ったのは
看護士から医師から、父と私を守りたかったんだと思った
助けを求められなかった母には、それしか出来なかったんだと

病院で寝たきりの母にとって、そこはほんとうに顔がこわばるほど
恐ろしいところだったのだと思う

母がどれほど、怖い思いをしたかと思うと・・・

気がつかなくてごめんね お母さん。

年が明けた
真っ暗い海の中を母とふたり、ボートに乗っているようだった
手も足ももう自由に動かない... 母を乗せ

真っ暗い海の中、ボートを漕いでいくと




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2010.03.03 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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